北海道の歴史・開拓の人と物語

北海道開拓倶楽部

樺太上陸
和人とロシア人の好意に救われる

 
故郷に帰ろうと宗谷海峡を渡った安之助一行は、嵐に遭って命からがら樺太に辿り着きました。しかし、上陸と同時に船は沈み、荷物も大半は海の中へ。どこに上陸したのもわからないまま、一行は呆然と故郷の浜に立ち尽くします。そうした姿を最初に見つけたのは、ロシア兵でした。このとき南樺太は明治8(1875)年の樺太千島交換条約によりロシア領だったのです。
 
 

あいぬ物語 (10)

 
樺太アイヌ 山邊安之助著 
文学士 金田一京助編
 
 

四 帰郷

(三) 故国の流浪

 
どっち行ったらよかろう?

途方に暮れていると、その所へ、近くの大きな灯台の守衛らしいロシア兵が1人やってきた。そのロシア人が我々一同を見つけて、こっちへ寄ってきた。ロシア語もわれわれは知らないけれど、ロシア人たちから何か話しかけるから、聞いてみたが、一向に通じない。 我々一同相談をしてみたが、ロシア人が手だの足だので以て、身振りでいうことは、考えて見るに、何やらあちらに人家もあるとか、また水でもあるとか、そんなことを話しているように思われた。
 
そこで私たちが付いて行ってみると、本当に水も間近にあり、また家に用いた林木などもあった。それから人々一同そのところへやって行って、家を建てて、それから長い間、その能登呂の崎に暮らしていた。
 
そうしている中に、能登呂東大の守備隊長の妻君の兄だという人で、カチメルというロシア人がその所へきた。この人は アイヌ語を少し知っているロシア人であったから、その人の言う話を聞くと、ここからロシアの里程で30里あまり行くというと利屋泊というところがある。そのところに小樽の岡田ダイサンさんという漁業家の番屋がある。今はもう9月間近で漁場の人達は、内地に引き上げたけれども、越年の人々はまだ居るから、そこへ行くがいいということであった。
 
そこで、どうかして利屋泊の方へ行きたいと思ったけれど、今は船さえもなくしたから、何んとも仕様ことなしに暮らしていた。
 
ところがある日、海岸伝いに歩いていたら、小さな舟が一艘砂浜の上にあるのを見つけた。この船は思うにきっと利尻辺からでも流れてきて寄ったものであろう。その船をロシアの番人に話したら、私たちがそれを使用してもよろしいと言ったから、それからそのその破船を修理して、利屋泊へ行った。
利屋泊へ着いて越年の人たちに話して、大きな船を借りてき、 いよいよ荷物を積み込んで一同利屋泊へ行ってしまった。
 

(四)異国の同胞


やっと利屋泊に着いて番屋の越年の日本人に逢ったら、人々非常に同情してくれて、よく世話をしてくれた。私共もその親切の返礼に人々の仕事を手伝った。
 
越年の人たちの仕事というのは、来年の薪を採る仕事であってから、私たちも山へ行って薪を切って手伝っていた。
 
その中に、池辺鑚の方から帆舟が1つ見えた。これはいよいよ池辺鑚地方は利屋泊よりも漁期が遅れているから、やっと今時分切り上げて内地に帰ろうとするところであった。そしてその人たちもやはり同じ岡田の番人の人たちなので、今帰る途中、この所の番屋へ寄って行こうとするのであった。私たちはその船の人達から故郷の池辺鑚あたりの様子を初めて聞くことができた。
 
能登呂から知床に至る海岸一帯のアイヌは、18年前の昔、ことごとく日本の役人に連れられて北海道へ行ってしまって、今ではこの辺一帯に私達の生まれた村さえも人跡を断って、ロシア人のみ、 あっちにもこっちにも住んでいるという話であった。
 
ゆえに私たちはこの利屋泊から大泊へ出て、一遍はやはり我々の生まれ故郷へ寄って見て、それからすぐ我々の親戚のいるという富内村の方へ行ってしまおうと決心した。
 
この帆前に乗ってきた頭の人は、池辺鑚番屋の支配人で、松井という老人であった。この人は長い間、樺太にいた人だと見えて、アイヌの言葉もよく知っている人であった。それに大層信心深い人だそうで、非常に私たち一同同情してくれる人であった。
 
樺太という所は、米も不自由なところだから、米をもし不足していたら困るだろうと言って、三俵ばかり呉れた。あまり有り難いので、お礼に仕事の手伝いをしたら、また米などを御礼にもらった。本当にありがたかった。
 
久しい間、この人たちの許にいて、ただ手厚く持てなされていた。その上に今度はさんば船までも貸して呉れた。かつ、この所の人たちの言うにはこうだ――。
 
「この船は池辺鑚まで諸道具を積んでいって荷揚げしてしまったら、大泊へ、いいように漕いで来て、丘へ上げて小屋掛けでもして置いてくれ。来春こちらから若い者らが来たら大泊へ取りに遣るから」といって貸して呉れて。
 
私たち一行は、篤く御礼を述べて利屋泊を立った。
 
 

 
 

 

なおこの連載は河野本道編『アイヌ史資料集 第6巻 樺太編』(1980・北海道出版企画センター)に収録された『あいぬ物語』(1913・博文館)初版の復刻版を底本にしています。原文は大正時代の忠実な復刻で旧漢字旧仮名遣いであり、当サイトに掲載するにあたって、読者の皆さまの読みやすさを考慮して、旧漢字を新漢字にする、現代では用いられない漢字を平仮名にするなどの調整を行っています。なお『あいぬ物語』は青土社より新装版が出ています。

 

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