北海道の歴史・開拓の人と物語

北海道開拓倶楽部

 

北海道の西本願寺① 
禁じられ、弾圧された西派
北海道開拓でも仏教、なかでも浄土真宗の北海道開拓への貢献は大きなものがありました。しかし、東本願寺派と西本願寺派に分かれるなで、東本願寺派は松前藩の庇護を受けますが、西本願寺派は松前藩によって布教が禁止されました。西本願寺派の北海道布教を中心に仏教と北海道開拓の関わりを考えます。
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北海道の西本願寺② 
堀川乗経の活躍
松前藩は頑なに西本願寺派を拒み続けました。北海道周辺に外国船が出没するようになって状況は動きます。北方警備の重要性から幕府は2度にわたり、北海道を直轄地にしました。松前藩の統制が緩んだ隙を見て、西本願寺は蝦夷地進出を果たしました。
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北海道の西本願寺③ 
現如上人の本願寺道路の開削
蝦夷地が北海道となり、いよいよ北海道開拓が本格的に始まります。その先鞭を切ったのは浄土真宗の門主と信徒でした。西本願寺の歴史を紹介するシリーズですが、今回の主役は後に東本願寺第22代門主となる若干19歳の現如上人です。
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北海道の西本願寺④ 
宗教の本分——北海道宗教植民論
東本願寺に先行されましたが、明治になって西本願寺においても北海道布教が本格化します。西本願寺21世·明如上人が北海道を巡幸します。このことに勇気づけられた道南の2人の僧侶が明治25(1892)年に『北海道宗教植民論』を出版します。
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北海道の西本願寺⑤ 
明治の三蔵法師 樺太へ
西本願寺派の北海道開拓を強く押し進めたのが第22世·鏡如上人です。明治時代に西域探検を行った「大谷探検隊」で知られる鏡如上人は、仏法がインドから起こり、東進して日本に伝わったとするならば、北海道·樺太への布教が使命と考えたのです。
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