北海道の歴史・開拓の人と物語

北海道開拓倶楽部

北海道百年からの50年に何が?
北の大地で進行した文化大革命

新連載を開始します。北海道百年で先人のたくましい開拓者精神を引き継ぐことを誓った北海道。しかし今や「開拓」と口に出すことも憚られる状況です。この50年に一体何があったのでしょうか。その答えを求めると一人の高校教師にたどり着きました。今回は連載の概要紹介です。

 
■開拓と言えばアイヌを無視することになる

 平成28(2016)年から令和7(2025)年までの道政の基本政策を定めた「北海道総合計画」は、北海道が目指す将来像として
 

 

(出典①)

 

としました。アイヌのアイデンティティを持たない大多数の道民も「アイヌの歴史を共有」することになったのです。
 
北海道の同胞であり、先住民族であるアイヌの人々の歴史を、アイヌではない私たち道民が学ぶのは大切なことです。では北海道が考える「アイヌの歴史」とはどのようなものでしょうか?
 
公益財団法人アイヌ民族文化財団の副読本「アイヌ民族:歴史と現在」は、北海道が道費によって全道の小中学生に配布しているものです。ここに描かれている歴史が北海道の考える道民の共有すべき「アイヌの歴史」と考えてよいでしょう。
 
その「教師用指導書」の37pには
 

出典②)

 
と書いてあります。今北海道で〝アイヌの存在を認めるならば開拓を口にしてはならない〟と教師は指導されているのです。
 
北海道が「北海道150年」から「開拓」を排除したこと、「北海道百年」のレガシーである「北海道開拓記念館」から「開拓」を削除して「北海道博物館」とし、今「北海道百年記念塔」を解体撤去しようとしているのも、こうしたことなのでしょう。
 
 

■歴史を持たない島の未来

北海道の生活基盤、産業基盤、都市基盤、文化基盤は明治以降の開拓によって築かれました。そして500万道民の大多数はアイヌというアイデンティティを持たない道産子であり、多くの家が父祖の歴史を北海道開拓に由来しています。開拓を無視することはそうした歴史を失うことです。今や大多数の道民とって北海道は歴史の存在しない島になりました。
 
このことが私たちの将来にどのような影響をもたらすのでしょうか? それは「なぜ今を生きるのに過去の歴史が必要なのか?」という問いの答えでもあります。現在は過去の積み重ねの結果です。歴史を無視することで、今が見えなくなり、未来が見通せなくなります。歴史はアイデンティティをつくるものです。歴史を無視するすことで、立ち位置が見えなくなり、世界が見渡せなくなります。
 
今日だけがよければ良い、自分だけがよければ良い、という意識はますます広まるでしょう。事実、北海道の子どもたちは郷土愛を失い、地域に貢献する姿勢を欠いています。歴史を無視したどんな振興計画も絵に描いた餅です。地方の人口流出はますます進み、地域の疲弊は加速するでしょう。〝歴史を失うものは未来を失う〟ということわざの通りです。
 
 

■北海道百年からの50年に何があったのか

 このような歪んだ状況はどのようにして生まれたのでしょうか?
 
昭和43(1968)年の「北海道百年」で北海道は先人のたくましい開拓者精神を将来に引き継ぐことを誓いました。しかし、その50年後には真逆の北海道があります。この50年に北海道に何が起こったのでしょうか?
 
歴史のことは歴史に聞くべし──「北海道百年」から現在までの北海道における「開拓」の取り扱いを検証しました。
 
その結果、多くても1000人程の人たち、中枢を担う人数であれば十数人という500万道民の数から見れば、ほんの一握りの人たちの継続した開拓史の排斥作業が、さまざまな要因により、期せずして北海道の公論になっていった状況が見えてきました。
 
さらに解像度を上げれば、一人の人物によって始められた、一つの運動に行きつきます。その人物とは小池喜孝、昭和28(1953)年に北見北斗高校に着任した東京出身の歴史教師です。
 
その運動とは北海道民衆史運動、小池喜孝がオホーツクから立ち上げ、70年代後半から80年代にかけて全国的な歴史運動を巻き起こしました。この巨大な成功体験が今も道内で歴史に関わる識者を縛り付けています。

 

北海道民衆史運動による「朝鮮
人強制連行殉難者慰霊碑」健立
(1976年7月置戸・出典③)

小池喜孝と北海道民衆史運動は一貫して「歴史意識の変革」を唱えてきました。囚人やタコ部屋労働者、徴用工を悲劇のヒーローに祭り上げ、開拓功労者を排斥する歴史観への変革です。
 
これをすすめるため、道内各所でタコ部屋労働、徴用工労働の〝掘りおこし〟が行われました。無縁墓を文字通りに掘り返し、白骨を掘り出すことが歴史運動とされました。これらの運動が現在の慰安婦問題、徴用工問題の出発点になっています。同様にアイヌを悲劇の聖者に祭り上げたことが小中学校副読本の「北海道『開拓』と言えばアイヌ民族の存在を無視した言葉となる」という指導につながっています。
 
小池喜孝はこう言いました。
 

「地域の底辺を視座にすえると、日本の歴史は変わって見え、歴史像の再構築が必要となる。歴史を掘り起こす過程で、掘る者と掘られる者が庶民の痛覚で交流し、意識を共有するとき、共に歴史意識は変革する」[1]

 
戦後の経済成長とともに社会主義革命の夢が潰える中で、民衆史運動の唱える「歴史意識の変革」は、80年代以降の左翼市民運動の原理となり、「自虐史観」と言われるものの実体となりました。
 

月形集会のシンポジウムで登壇する小池喜孝(1974年10月・出典②)

 

■『小池喜孝と北海道民衆史運動』の概略

 ひいき目に見てもバランスを欠いているとしかいいようのない「北海道民衆史運動」の思想がなぜに道政に取り入れられ、将来わたって受け継がれるべき北海道の開拓者精神がどうして破棄されるに至ったのか、その過程を探れば次の4つのステップをたどったと考えられます。
 
 

【1】人民の歴史のほりおこし
   教師による歴史運動
             (昭和41(1966)年~昭和47(1972)年)
 
昭和31(1956)年、小学校から高校までの社会科・歴史科教師による「北海道歴史教育者協議会」が結成されます。「愛国主義=国際主義の人間形成」を掲げるこの団体は「北海道百年」は戦前の「国民精神総動員運動」の再現であるとして反対運動を展開します。
70年安保、学園紛争の真っ只中、時代の熱気に煽られ、道歴協教の主張はますます過激なっていきました。しかし、道歴協教の運動は70年代初頭のテロ事件によって見直しを余儀なくされます。

 
 

【2】歴史意識を基底から引っくり返す 
   小池喜孝の北海道民衆史運動
           (昭和48(1973)年~昭和57(1982)年)
 
先鋭化して袋小路に陥った道歴教協に救世主が現れます。
北見の高校教師・小池喜孝です。小池は「鎖塚」などオホーツク地方の裏面史を取り上げた著作で全国的に名を売るとともに「オホーツク民衆史講座」という歴史運動を始めます。
小池の始めた民衆史運動は、60年代の反戦平和運動に代わる新たな市民運動として色川大吉、遠山茂樹ら歴史界のスターに評価され、全国的大ブームを巻き起こしました。日本の史学界では傍流中の傍流だった北海道の歴史研究者はこぞって民衆史運動に馳せ参じます。

 
 

【3】開拓を負の視点から再構築する  
    橫路道政下の文化大革命
            (昭和58(1983)年~平成14(2002)年)
 
橫路革新道政の登場を前に小池は北海道を去りますが、小池が立ち上げた民衆史運動の残留メンバーは〝道政与党〟になることで、アイヌ民族の復興を利用しながら自らの主張を北海道の公論にすることに成功します。
囚人やタコ部屋労働者、徴用工が英雄として讃えられ、開拓功労者が排斥される、中国の文革と同様な歴史価値の逆転が進行しました。当然のこととして若い世代の歴史離れを招き、ベルリンの壁崩壊とともに民衆史運動は自己消滅しますが、なおも中心メンバーはアイヌ問題に生き残りの道を求めました。

 
 

【4】グローバリズムによる郷土史への侵略
    高橋道政による開拓排斥の完成
           (平成15(2003)年~現在)
 
平成15(2003)年、保守党が道政を奪還し、開拓の再評価が期待されましたが、先住民族国連宣言、先住民族国会決議、アイヌ新法制定という政局のなかで、保守系であるはずの知事はこれまで以上に開拓の排斥を進めます。
研究予算にひかれた文系研究者が大挙してアイヌ研究に参入する一方で、かつての民衆史運動家たちは、いつの間にかアイヌ問題の専門家となって我が世の春を謳歌します。そしてアイヌのアイデンティティを持たない大多数の道産子は歴史を失いました。

 
 
以上が連載企画『小池喜孝と北海道民衆史運動』の概略です。
 
私は歴史に科学的に正しい唯一の歴史など存在しないと思っています。それぞれに正しい多くの歴史があるのだと思います。そうした意味で、私がこれから書き綴る北海道の近現代史も間違いの無い一つの歴史と言うつもりはありません。それでも、今まで以上の苦境をこれから乗り越えていかなければならない北海道に対して一つの視点を提供することになるのではと思います。
 
原則として週の初めに掲載します。
 

 


 
【引用出典】
[1]小池喜孝編『北海道の民衆史掘りおこし」を「総括」するための「資料」NO1』1978
【図版出典】
出典①『輝きつづける北海道 北海道総合計画』2016・北海道・26p
出典②アイヌ民族:歴史と現在(教師用指導書)編集委員会『アイヌ民族:歴史と現在-未来を共に生きるために- 【教師用指導書】』2010・37p
出典③小池喜孝(文)佐藤毅(写真)『写真と文 北の獅子たち─自由民権と北海道──』自由民権百年北海道集会実行委員会・オホーツク民衆史講座・口絵
出典④ 同上

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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