北海道の歴史・開拓の人と物語

北海道開拓倶楽部


 
 

(5)

 
上川盆地の門戸神居古潭をすぎると、左右の山は急に展らけて、川幅もぐんと広くなり、ライマンの所謂『日本のカジュメア』に出た。
 
数多い石狩川の支流がさきを争ってこの大河に流れ込んでいるところだ。新しいいくつかの橋々には、まだ墨の色も新しく『春志内橋』とか『観楓橋』などと記されてある。一行三人は、幽邃閖寂な神居古潭の渓谷から出て、この潤達な平野を前にしたとき、何か、ほっとした気持ちで急に陽気になった。陽はもはや背後に低く、橋上に曳く自分たちの長い影を踏みながら、橋板を高くならして馬を駆った。
 
「大雪山だ。どうだ、素晴しいじゃないか」
 
運平は、東にそびえる秀麗な山の姿をふりあおぎながら、思わず熱狂した声をあげた。それは、北海道の中央部に当る大雪山連峰で、その主峰旭岳は、アイヌ語でヌタプカムシュペと呼ばれ、本道第一の高山である。その北に天塩岳、南に十勝岳をひかえ、十勝岳の中腹からは白く噴煙が立ち登っているのさえ見分けられた。上川盆地は、この山々に囲まれ、水量ゆたかな石狩川を抱いて、その沃野を展げているのだ。ここへ来ると、急に風がなくなって、気温が昇ったような気がした。
 
斜陽をいっぱいに浴びた初秋の平原を見ていると、運平は、もはや、さっき、雨竜原野を見晴したときの、何か得心のゆかぬ気持などは、思い出しもしなかった。希望が目の前にひらけているのだ。山々の姿は雄大で、石狩平野の馬追での北海道に対する感じかたと、ここでとは、まるで違ったこころの広さがあった。
 
「成程なあ──これなら離宮設置の案も出るわけだよ」
 
しきりに、その風景に感じ入っている運平を、瀬沼は、またかというように横目で見て、
 
「おい──だれか釣をしをるぞ」
 
と注意をひいた。
 
石狩川の中島のような形になったところで、だれか岩に腰を下して悠然と糸を垂れている者がある。この大公望は、今朝、音江法華で宿を貸りた夫婦者に別れたきり、人らしい人には、神居古潭でアイヌの爺に逢ったきりの三人に、ひどく人なつかしいこころをそそらせた。
 
「忠別太に宿があるかどうか、きいてみるか」
 
そういって運平がまず馬をおりた。このほとんど無人に近い夕暮れの原野で初めて行き逢った人影に何か声をかけずには通れなかったのだ。
 
川砂利をふむ人の跫音に大公望は、ゆっくりと顔をむけかえた。人陽がまともにその半白の顎髯をはやした顔にあたって、まぶしそうに目を細めた男を見ると、運平は、思わずその場に足をとどめ、
 
「やあ──あんた、小林さんじゃありませんか」
 
と、大きな声をあげた。
 
だが、相手は、こっちの顔がわからぬとみえ、けげんそうな表情で頸をかしげた。
 
「私です。秋月運平です。東京でお世話になった──」
 
「おお、秋月さんでしたか。こりゃあ妙なところで──いや、こりゃあ奇遇だ」
 
釣棹を砂地につきさして、立ちあがった老人の声も感情にうるんでいた。これは運平が、東京の農林学校に通っていた頃、下宿していた家の主人であった。
 
「いやはや、すっかり立派になられて見違えてしまいました。貴方が北海道へ来られたということは、噂にきいとったのですが、北海道といっても広いんで、いつお目にかかれることかと思っていましたよ。いや、まったく奇遇ですなあ──」
 
小林老人は、まるで息子を見るような目をして運平の体を眺めまわし、いくらでもしゃべりたい様子だ。運平は兄の古洋服など着こんでいるために、ひどく出世でもしているかのように思われたのが心外で少し気はずかしかった。
 
「いや、僕はとにかく、小林さん、貴方こそこっちに来て居られようとは思いもかけませんでした。どうして、また──奥さんも御一緒ですか?」
 
「去年の秋、女房に死なれましてなあ、私も、もう東京がいやになりました」
 
運平は、小林が急に老けたように見えたのも、そのせいであったのかと、うなずける気がし、この未開地の川べりで釣りする人のわびしさが、しんしんと心にしみとおってきた。
 
小林老人は、とにかく、家へ来てお泊りなさい、ろくな夜具蒲団もないが、雨露だけはどうやらしのげましょうと、三人を誘った。
 
小林の家は、忠別太の駅逓旅館の前にあった。この駅逓は明治二十二年、上川道路が完成すると、同時に岩見沢、奈井江、空知太、音江法華、忠別太の五か所に設けられたもので、通行人の少ない主要道路に土地開発のため、希望者をえらび、耕牧地、家屋等を与え、なお、一年の補助金五十円を給し、それに馬匹五十頭を添えて、旅館を経営させたものである。この主なる任務は、旅館と、人馬の継立て、及び郵便の継立てをしたもので、北海道開拓には重要な役割をなしたのである。
 
忠別太は後の旭川市の前身となったものであるが、当時は、この駅逓を中心に、十四五戸の、粗雑な、堀立小屋が散在しているきりであった。しかし、この年の八月には、附近の永山村に屯田兵第三大隊四百戸が移住し、戸長役場も出来たことで、忠別太の市街は、ようやく活気を呈しはじめていた。ことに、市街宅地の貸下げが開始され出したので、人々は争って、その有利な地に有利な営業をはじめようと殺気だっていた。なお、また、離宮設立の噂は、いやが上に、民衆の投資的な欲望をそそり、かなり露骨な利害の争いさえ演じられはじめていた頃である。
 
忠別太という名称は、アイヌ語の『チュップペツ』からきていて『チュップ』は太陽の意『ペツ』は川であって、太陽の川、即ち後の旭川の意訳となったものである。
 
小林の住宅は、板がこいの、二間きりの家で、それでも玄関らしい板戸をあけると八畳の琉球畳が敷かれ、薄暗い片隅におかれた茶箪笥と素人細工らしい白木の棚に、ゴタゴタと何やら薬品の瓶が並んでいた。
 
「儂も、こっちに来てから、妙な商売をはじめましてな」
 
小林老人は、妙にちょっと、てれくさそうな面持ちである。
 
「ほう?」
 
と、運平が、まだ解せぬ顔をしていると、横合いから瀬沼が、
 
「藪医者ですか?」
 
と、にやにやしながら囗を出した。
 
「ええ、まあ、そんなもんです」
 
老人も、気を悪くもしないで一緒に笑っている。
 
「へえ──小林さんは医者もやりなさるのでしたか」
 
秋月は、まだ東京のこの人の下宿にいた頃、どこかの小藩の士族あがりだという小林が、毎日ほとんどなすこともなく、時勢の波にとり残された形で、夕方の薄暗い縁側の隅でランプのほやなど磨いていた様子を想い浮かべた。細君は細面の病身そうな人だったが、賃仕事をしたり、下宿人をおいたりして、どうやらその日を送っているというみすぼらしい夫婦であった。子供はなかったらしい。
 
「まあ、ホシでもとりなすって、ゆっくりして下さい。女手がないから、何のお構いも出来ぬが、暖かい汁でもこしらえましょう」
 
小林は運平の不審顔に意味ありげな笑いをむけたが、消えかけた炉の火を太い火箸であらけて、新しい薪を加えた。久しぶりで、畳らしいものの上に登ると、何だか足の裏が、こそばゆいようにやわらかく、ちょっと頼りない感がした。ガラスのはまった窓もある。部屋の周囲もきれいに鉋のかかった板張りだった。
 
「久しぶりですよ、こんな立派な家へはいるのは」
 
と、運平が部屋のなかを見まわしながら言った。
 
「相変らず口が悪いですな。これでも、忠別太じゃあ一ばんいいんですよ」
 
「いや、ほんとです、悪囗じゃありませんよ。僕らは、今年の春から開墾地に入っていましてね。堀立小屋に寝起きしていたんですから。今夜は、久しぶりで畳の上に寝られるってもんです」
 
「じゃあ、いよいよ始めなすったんですな?」
 
小林は、満足そうにうなずき、頼もしそうな瞳をむけた。
 
「なあに、自分の土地ってわけじゃあないんですが──」
 
と、秋月は渡道以来のあらましと、今度の旅行について語った。
 
「いや、結構です。若いうちは、その心がけでなくてはなりませんよ。いつも死んだ家内と貴方の噂をしていました。きっと、いまに秋月さんは何かど偉いことをしとげなさるだろうってな」
 
大きな鉄瓶の湯が煮たつと、小林は、これで薬も煎じるとみえて、妙なうつり香のある番茶をみんなにすすめた。
 
「儂も、こっちへ渡ったら、何か仕事があろうと思いましてな。この辺で市街地の貸下げをうけて、小間物屋でもしようかと考えていたんですが、妙なことから医者になってしまいました。無論、鑑札なんかありゃしません。そうです。ここへ来て間もない頃でしたが、隣の主人がひどい胃痙攣をやりましてな、呼びに来られたんで、私も昔漢方医の玄関番をやったこともあるし、あり合せの重曹と、苦味丁幾をまぜて飲ませました。それが効いてよくなると、さあ、小さな市街地じゃあ、もう、すっかり医者にきめられてしまいましてな。何だとか、かんだとか云って呼びに来る。とうとう自然に医者になってしまったようなわけですよ。ま、人助けだとも思い、自分一人の口すぎにはちょうどいいんで、のんきに暮らしています。ただ、無鑑札なのでどうも」
 
 小林は、かくしもせずに、そんなことを語った。
 
「なるほど、そうでしたか。いや、こんな新開地の辺鄙なところには、そういう人がいてくれると助かりますなあ。無鑑札のための弊害よりは医者のいないことの方がよほど不幸ですからねえ」
 
「そういえば君、馬追あたりで病気になるとコトだな」
 
と、瀬沼が口をはさんだ。さっきから、主人の話をききながら鼻毛をぬいている。
 
「うむ、岩見沢まで迎えに行かなきゃならんのでね。急な間には、とても合わないさ。そうそう」
 
と、秋月は立ちあがって土間の隅に置いた叺のなかから、神居古潭で撃った懸巣と、鶫を二三羽ひっぱり出してきた。
 
「これも無鑑札の鉄砲でうったんですよ」
 
「なるほど、そうだ。違いねえな」
 
杉山と瀬沼が大笑いした。
 

 

  • [%new:New%][%title%] [%article_date_notime_wa%]

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 当サイトの情報は北海道開拓史から「気づき」「話題」を提供するものであって、学術的史実を提示するものではありません。情報の正確性及び完全性を保証するものではなく、当サイトの情報により発生したあらゆる損害に関して一切の責任を負いません。また当サイトに掲載する内容の全部又は一部を告知なしに変更する場合があります。