(7)
当分は誰も来ないとなると、運平は、その拝み小屋が急に広くなったような寂寥を感じた。日中外で働いている間はさほどでもないが、夜になって小屋に一人でいるのはたまらなかった。
今夜も林の中で不気味な啼き声がしていた。
「ウォォー、オー。ウォォーォー」
と妖しい抑揚のある孤独な声だった。
山形にいうと、それは、ヤチペコ(湿地の牛の意)という鳥だといったが、当の山形もその正体は見たことがないそうだ。
運平はやけに太い丸太をくべて炉の火をどんどんたいた。せめて火でも明るく燃えていれば心細さがいくらか減るようなのだ。
運平はやはりひしひしと人が恋しかった。ひどく自信のない気持だった。貸下地のこともしじゅう心にかかっていた。
いつになったら、自分の土地が開墾出来るのだろう。
とにもかくにも土にかじりつきたかった。自分と生き死にを共にする土地さえあれば、生まれながらの百姓の子は心に安定がありそうに思われる。
そこまで考えると、岩隈の土地に小作にはいった鈴木たちの気持も運平には分かる気がした。
彼等は一日も早くうねを作りたかったのだ。種を蒔いて青い芽の延びるのが見たかったのだ。割当てもせずに誰の畑ともっかず共同に耕作するよりも、小作ではあっても、やっぱり自分の畑、自分の畝、自分の作物として愛し、慈しむ土地がほしかったのだろう
と、秋月にはうなずけるのであった。
運平は自分の膝を抱いて焚火を見つめながら考えつづけていた。小屋の周囲には、気のせいか、時折なにか獣の歩きまわる跫音がするようで、運平は銃を持って二三度外へ出てみたが、昼間のように明るい月夜であった。
ヤチペコの声ももうしない。沼には今夜も沢山な真鴨が下りているらしい。
運平は、明日の朝は未明に起きて撃ってやろうと、青年らしく考えをそらして小屋の中に入ったが、たき火を受けて、天井までつづく草囲いの斜面にゆらゆらゆれる自分の影法師を見ていると、急に背筋がうそ寒くなってくる。
九時すぎでもあろうか、ごろねのままうとうとしていた運平は、戸外に乱れた人馬の足音をきいてはっと飛び起きた。
「おう──秋月さん、儂だよ」
カンテラをさげた関谷が二頭の馬を曳いて立っていた。
「僕の手紙を見たんですか?」
「いや、手紙はまだ着きませんが、今、山形のところで聞いて来ましたよ。米や味噌をうんと持って来ました。久樽まで来たら日が暮れましてな──林の中は往生しました」
立木につながれた二頭の馬は首をふりふり背中の荷が重そうに土をけっていた。運平は関谷がまた片目の馬でもつれて来だのではなかろうかと、側によって見たが、これは二頭とも立派な耕作用の馬であった。
「岩隈の奴、なかなか狡いことをやりおるて。なあに、人手はいくらもありますよ。ハハハハ、、、。また札幌からどんどん送ってよこしますよ。どうです? 土地はようがしょう?」
関谷の声は幅広く、ゆったりと処女地の夜の底を流れ、彼の大きな体は、その土から生えぬけた巨木のようにゆるがなかった。